あくまでも個人的な意見ではあるが、ドイツの食事は美味しいと思う。
豊富な種類のソーセージやビールは言う迄もなく、“元祖ハンバーグ”やロールキャベツ等、日本人にとって馴染み深いものもあるであろう。
然しながら、その一方で、ドイツは決してベルギーやフランスのように「グルメ大国」という訳ではなく、食生活について取り上げられる機会は限られているのではなかろうか。
そんな状況の中、敢えて「ドイツの〈食〉」に注目した本書は非常に新鮮でもあり、門外漢ながらも思い切って購入した。
結論から言えば、本書の内容は私が想定していたものではなかった。
本書はドイツ名物の食事を紹介したものではなく、食材の伝播と流通、「食」に関する近代の教育、更には政治や組織改革等について学術的に分析する内容だったのである。
そこで皆様は不審に思うであろう…「期待外れだったにも拘らず、何故、高い評価を付けたのか？」…と。
理由は至極簡単…つまり、本書は先入観や期待等、その全てを払拭してしまう程に面白かったのだ。
本書は前半で、ジャガイモ、コーヒー、ミルクに焦点を絞り、これ等の食品がドイツで好まれ、多量消費されるまでに成長した歴史を紹介している。
そして、後半では低所得者の家計調査から読み解く食生活の実態、栄養学を中心とした所謂「食育」、更には、食の安全に対する政府の取り組み等を解説していくのである。
巻末には豊富な資料を掲載しているし、当時の時代背景を考察するコラムも興味深い。
更には、統計結果や経済等、専門的な内容を扱っているにも拘らず、整理された明確な論点、丁寧な文章、具体的な指摘等が実に優れており、全くの素人の私ですら容易に理解出来るのが好印象でもあった。
取り分け興味深かったのは、ジャガイモに関する章である。
今ではドイツに行くとジャガイモ料理ばかりが目に付くが、実はこの食材は嘗ては飼料並みの扱いであり、それが徐々に地位を高めて行ったと言うのだから意外でもある。
そして「通常、食文化は真っ先に上流階級に広がり、その後に一般庶民に齎されるが、ジャガイモは逆の道を辿った」…という指摘には大いに首肯させられたし、料理書等でジャガイモ・レシピが占める割合が拡大して行った経緯を紹介しているのも実証性があったように思う。
更には、食の安全管理を論じた章は、面白さを通り越して、最早「衝撃的」…。
今、日本でも「食の安全」が叫ばれているが、現代の日本で騒がれるのは産地偽装や賞味期限の改ざん等である。
然しながら、当時のドイツで問題になったのは「有毒材料に拠る増量」…と言うのだから恐ろしい。
勿論、今でも「安いワインは水で薄めている」という話は聞くものの、水を混ぜる等というのは序の口。
「砂糖に石灰」「使用済みの茶葉を混ぜ、隠す為に工業用染料を使用」「チーズの熟成に尿をかける」…等々、一読しただけでも具合が悪くなりそうだ。
だが、正しくそれが実態であったのであろう…こうした経験を経ているからこそ問題意識が高まるのであり、多かれ少なかれ、何れの国も歩まざるを得ない道程なのだと思うと、改めて真剣に向き合うべき問題である事を実感した次第である。
「近代ドイツの食」という限定的な内容であるにも拘らず、その面白さに没頭してあっという間に読み終えてしまった。
ドイツに関心がある方は言う迄もなく、仮にドイツには縁がなくとも、近代史や食文化の発展に興味がある方は、好例として是非ともお読み頂きたい。
多くを学び、多くを知り、そして多くを考える事が出来る名著である。
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